歴史上で縁の下の力持ちだった人物②

次に後醍醐天皇に忠義を貫いた男、楠木正成(くすのきまさしげ)です。

正成が活躍した時代は鎌倉幕府の末期です。楠木正成は武士ではなく「悪党」と呼ばれています。
商業や運送業が発展するにつれ、武装商人や武装運送業者は自分たちの商品を守るために武装するようになりました。

これらの人々は武士ではなく、「悪党」と呼ばれました。正成はその中の一人なんです。
「悪」という言葉がついていても、「素行が悪い」ではなく「武士のルールを守っていない」という意味だと考えられます。

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天皇のために働き、死ぬまで戦い抜いた人物

正成はどんな人かと非常に簡単に説明すると、後醍醐天皇に協力して幕府に挙兵し、得意であったゲリラ戦法などを駆使して幕府を滅ぼすことに貢献した人。
そしてその後、後醍醐天皇による「建武の新政」の立役者となるくらい活躍する人です。

倒幕、そして新政の中枢に入るくらい活躍した人ではありますが、正成はこれ以降は不幸な末路を遂げます。
建武の新政は時代の中心である武士を軽視して公家を重視するものだったため、足利尊氏が先頭となって武士たちが天皇に反抗します。
それでも正成は最後まで天皇のために死ぬまで戦い抜き、最期は湊川の戦いで討ち死にしてしまいます。

いちばん後醍後天皇が風向きが厳しい時でも最後まで逃げずに天皇のために働き、死ぬまで戦い抜いた正成は主君を守るという点では模範のように挙げられています。

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